「I'm In Blue」について。


昨日、仲間10人くらいで集まってスタジオ借りてバンドのセッションをしました。
この仲間というのが、パソコン通信の、佐野元春ファンが集まるフォーラムで知り合った
人達なんです。
これまでに年2回くらいのわりで集まってセッション(演奏曲は全て佐野元春!)を
していました。僕は最初、その様子をビデオカメラで撮るってことで参加していたのですが、せっかく来ているんだから、何かで参加すれば?ということでほんのチラっと歌で
参加することになりました。
(しかし、メインボーカルは僕のHP によく登場する友人のIくんです)

今回、僕は「I'm In Blue」と「彼女はデリケート」で参加しました。
特に「I'm In Blue」はすごく思い入れの深い曲で、この曲はカラオケとかでは
入っていないんですよ。だからこの先、歌う機会なんてないですからね。
だから、参加するとき「是非この歌を歌いたい!」とエントリーしました。

この「I'm In Blue」を元春が演奏したのを初めて聞いたのは1987年9月の
横浜スタジアムでした。その頃の僕は、自分の夢を追い掛けてた頃で、
その年の6月、石ノ森章太郎先生のアシスタントに就いていたのでした。
それまで何をしていたかというと、大学も卒業したけれど、漫画家の夢が
諦められなくって、大学時代ずっとバイトしていた博報堂の中にある社内食堂で
ひき続きバイトしていました。 僕がそこのバイトをしだしたのは大学2年の時。結局そこで4年間お世話に
なっているんです。 っていうことは大学1年の時に入ってきたバイトは4年めに卒業して就職していくわけです。 でも僕は、その後輩達を見送ることは気持ち的に出来ませんでした。 とにかくこの場所を出たい。別にそのバイト先にいたくないというわけではなくって むしろいやすい。実際その頃の連中とは今だ付き合っています。多分、一生付き合って
いく仲間だと思っています。 でも、そこで甘えていたんじゃ何も始まらないと、そのときは思っていました。 まさに「I'm In Blue」の中の
「行くあてがどこかにある訳じゃないけれど ここにいる訳にもいかない」だったのです。 その頃は月に2回くらいある漫画家の仕上げでアシスタントの仕事をするくらいでした。 僕は行くあてもなく、そこをやめ、別のバイトを探しました。 話を「I'm In Blue」に戻します。 僕は今までこのサビの歌詞を「Maybe I'm Loser Maybe I'm Just Dreamer」だと 思っていました。 87年のライブのとき元春はなんと!「I'm Just Dreamer!」と言い切ったのです。 結局、バイトを変えたのが3月、まさに「I'm In Blue」で、開き直りにも似た
「I'm Just Dreamer!」でした。そしてそのあと6月には漫画アシスタントの仕事を
することができました。僕的には「SOMEDAY」なときでした。 だからこの曲をライブで初めて聞いたとき自然と涙が流れてきました。 「これは俺のことを歌ってる!」と思いました。。。 しかし、今回セッションで歌うにあたり、歌詞を確認してみると、 Maybe I'm Just Dreamerではなく、Baby I'm Just Dreamerだった。。。 アラアラ、聞き間違い??? いえいえ、僕の中では「Maybe I'm Just Dreamer」を元春が
「I'm Just Dreamer!」と言い切ったんだってことになっています(笑)。 そんなことを考えながら歌っていたら、妙に力が入って力んでしまいましたが、
Iくんの「もっとルーズに!」とのアドバイスを受け、バラードを歌うような 気持ちで歌ったら、力一杯歌うよりもすんなり気持ちを込めることが出来ました。 このあたりっていうのはカラオケじゃ絶対、味あうことができませんね。 完全に自己満足に域に入っていましたからね。 そうそう、この歌、セッションのとき最初は歌詞通り歌っていたのです。でもあるとき Iくんが練習と称して「本来のカタチ」で「I'm Just Dreamer!」と歌ってくれたのです。 おかげで僕もそのあと「本来のカタチ」で歌うことが出来ました。
Iくん、ありがとう!!

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