的生活。






10月26日(日)「『VOICEを聴きながら、TIMEトリップ!」

今、中村あゆみのカバーアルバム「VOICE」を聴いています。今年の7月に発売されたアルバムで、中村あゆみのゆかりのあるアーチストの楽曲から最近、お気に入り(?)の楽曲まで実にバラエティに富んだ聴き応えのあるアルバムです。ゆかりのあるアーチストからは、尾崎豊の「シェリー」、佐野元春「SOMEDAY」、浜田省吾「悲しみは雪のように」。ここまで書くともう、ROCKの王道ですよね。中でもOZAKIの「シェリー」は圧巻!!★

「シェリー いつになれば 俺ははいあがれるだろう!?」

「シェリー いつになれば 俺はたどり着けるだろう!?」

今、この歌を魂込めて歌えるアーチストって何人いるだろう?ってくらいの曲ですよね!?
中村あゆみは、見事に自分のものにしてました。実際、尾崎と交流があったらしく、ウエブサイトにもこんあことが書かれてました。

あいつ(尾崎豊)と初めて会ったのはニューヨークだった。
共通の知り合いの音楽ライターの田家秀樹さん紹介で出会って意気投合。
ニューヨークから帰って来てからも、二人でよくつるんであっちこっち遊びに行ったり、
部屋でピアノを弾きながら夜通し歌ったり、人生について語り合ったり、楽しかったなぁ…。
最近連絡ないなあ〜と思っていたら、ロスのスタジオでレコーディング中に
あいつが死んだということを聞かされた。言葉が出なかった。
あれから何年経ったんだろう…。今回カバーアルバムの話があった時、
一番最初に思い浮かんだ曲が「シェリー」だった。
あの頃の尾崎と今の中村あゆみがオーバーラップした、
そんな曲だった。



僕も聞いているうちに自然と涙が出てきました。
この歌には、僕のいろんな思いが詰まっている曲なんです。
二十代の不安だったあの頃、三十代の出口が見つからず、もがいてる頃、、、

酔っ払ってよく「シェリー」を歌ってた。


「シェリー いつになれば 俺は はいあがれるだろう!?」

「シェリー いつになれば 俺は たどり着けるだろう!?」

この歌を聞いてると、歌ってると、20代の頃が思い出されます。
20代の頃よく観に行っていた尾崎のLIVE。尾崎の生き方と自分の人生をオーバーラップしてた。
自分は、この先、どうなっていくんだろう?
漫画家という夢を追い続けたい自分と先行きがわからない不安に押しつぶされそうになりながら
そこから、抜け出す手段として、突き抜ける手立てとして「ROCK」を聴いていた気がします。
「ROCK」って、音楽って、そういったパワーが潜んでるっていつまでも信じていたいですね。

他のどの曲も中村あゆみのあのしゃがれた声(古い表現だぁ〜笑)で歌われるとどれもROCKに聞こえるから不思議です。特に
平井堅の「瞳を閉じて」は完璧なロカバラードだったもんなぁ。

中村あゆみもデビューして20年くらいになるんですよね。デビューの頃、アルバムを何枚か聞いてるけど、1曲、1曲はいいんだけど、あの声でずっと聞いてると、全曲聴き終わる頃には疲れちゃうんですよね。
今回のカバーアルバムは原曲に忠実なアレンジなんだけど、比較的アコースティックな仕上がりになってますね。そのせいなのか、中村あゆみ自身がほどよい力の抜き方を覚えたのかよくわからないですが、全曲、聴いても疲れないです。(笑)
むしろ、今のオリジナル曲を聴きたいかなって思いました。
いいタイミングで今、キリン「ストロングセブン」というビールのCMソングで流れてますね。アルコール度が7%という少し高めのの発泡酒ってことで、「翼の折れたエンジェル」ちょっと脚光、浴びそうですね。このタイミングでライブアルバムを出したりすると、売れると思うんですけどね。
ウエブサイトを見ると、2009年春に今年の7月に行われたライブDVDが発売されるらしいけど、音源があるなら年内にライブアルバムを発売すれば、いいのになぁ。

20代の頃、同じ時代(とき)を過ごしたアーチストが頑張ってると、やっぱり励みになりますね。
お互いがんばろうよ!みたいなね♪



10月16日(木)
「ちょっと妹の家(ところ)まで」

随分と久々の更新となりました。9月なんて何も書いてないですね。別に超忙しかったワケでもないです。
週末は普通に家族と遊びに出掛けたりしてました。中でも楽しかったのは、妹夫婦の家に遊びに行ったことかな。
妹は千葉県の松戸に引っ越してたんで、新居訪問(?)も兼ねて家族で遊びに行きました。
僕が住んでる文花と松戸では、クルマで行くと1時間掛からないくらいのはずなのですが、
行った日は週末の昼間ということもあってか、やたらと道が混んでる。そして郊外にありがちなんですが、道路が基本的に昔の街道を舗装した感じで道が狭い、そして主要なところに行くには、この道しかない。。。
だからやたらと混むんですよね。
そんな狭い道の脇を人が通り、自転車が通り、ベビーカーも通るんですよね。
多分、住めば、裏道があるんだと思うんですけど、それは、決して近道ではないような、、、
主要な道はこの1本のはずですからね。

やっぱ、妹がどんな街に暮らしていくのか、身内としては気になるワケですよ。
途中、田園風景を眺めながら、やっと妹の家へ。
1時間半くらい掛かり、しかも田園風景を見てるモンだからちょっとした小旅行ですよ(笑)
おまけに家の前は大きな梨園が広がってるし。
こんなヘンピなトコ(失礼!)に建った家ですから、環境はいいし、家も広い。
通勤も1時間くらいというから充分通勤圏内ではあるんですね。
クルマは、すぐそばに止められるっていうのは、戸建ての良さですよね。
ふと窓の外を見ると、小さな庭が。そこに色々なモノが植えてある。
「コレ(家庭菜園)がやりたくって、ここに決めたんですよ」というのはだんなさんの弁。
それを見つけた子供と母親は喜んで外に飛び出して行った!
よく見ると、きゅうりやなすが、採ってくれよと言わんばかり、何本もぶらさがっている。
妹も、うちの子供に採らしてやりたいと、収穫するのを待っていたようでした。
子供も大喜び!初めての野菜もぎとなりました。
上手にはさみを使ってきゅうりを切るんですが、切ったものを支えることは出来ず、
最初のうちは、なすもきゅうりもボタボタ土に落としてました。
そんなことよりも子供がなすやきゅうりを自分で切って採っているってことの方が親としては嬉しくってね。
多分、僕もこれくらいのときは、そんな経験もなかったんじゃないかな。僕でさえ出来なかったことを3歳で
経験できるってことの方が大きいですよね。
母親は田舎の人なんで、野菜作りはお手の物、体が丈夫な7〜8年前まで公営の農園で場所を借りて
家庭菜園で野菜を作っていました。だから独身の頃、実家に帰るとよく母親が作ったブロッコリーとか
トマトを食べたものでした。

そんな母親だがおもむろに採ったばかりのピーマンをかじりだした!!
「甘い!このピーマン、苦味がない。初めて生で食べたけど、苦味がない。甘い!」

ええ〜!母親でも初めてなんだぁ!しかし、洗わないで食べるなんて!!!
あとで聞いた話だが、農薬は使ってないそうだ。それは事前に母親は知っていたらしい。
そういえば、葉っぱの裏とか見ていたモンなぁ。虫が食ってないとか見たのかな?母親曰く
土がいいそうだ、それがどういうことか、それ以上は僕に聞かないでくれ〜(笑)

脇で甘い、うまいと言うモンだから、僕も気になってピーマンの丸かじりをやってみた。
ただし、僕は軽く水洗い(^-^;)
あ!なるほど甘い!その前に瑞々しい!!そしてしんを食べると若干苦味はあるが、
僕が知るピーマンは皮の段階で充分にがい。。。
それを見ていた子供も当然、真似するでしょう!?
ふた口くらいガブって食べたよ。
でも面白いなぁ。母親が70過ぎて初めてピーマンを生で食べて、僕が40を過ぎてから食べて、
子供は3歳で食べちゃうんだもんなぁ。ちなみにドナちゃんはどうしてたかっていうと、
虫が怖いからといって家の中からその様子を見ていた。ちょうど網戸越しにのぞいてたんで、どっちが虫かわからない光景だったけどね。
でも、いい経験ができたなぁ。
自分でここに住みたいか、と問われたら、今、住んでいるところがいいと言うけど、身内に、つまり妹夫婦がこういうところに住んでいるっていうのは、アリかなって思いました。
ちょっとクルマで出ると、ショッピングセンターやファミレスはあるし、川には普通に魚が泳いでいそうだし、
庭では自分たちが食べる分の野菜を作り、またそれを楽しみとし。

子供が小学生くらいになったら、夏休みとかに遊びに行けそうだね。



8月29日(金)
「サイフ紛失!財産消失!??」

久々に自分の人生を振り返ってしまった。
人生、リセットじゃないけど、新たな気持ちでスタートです。。。

ことの発端は、火曜の昼休み、よく行く定食屋で食事を済ませ、お金を払おうとしたとき。
あれ!?いつものカバンの、あるべきところにサイフがない???
(うちに忘れてきたかな?)
取りあえず、会社に戻り小払いで預かっているお金からお金を借り、昼食代は払う。
多分、自宅だろう。。。
前日の月曜は午前中、クルマで出掛けていたが、午後は食事にでる以外はずっと社内で仕事をしていた。
比較的、シンプルな一日でした。どこかに置き忘れという程出掛けていない。
一応、ドナちゃんに連絡して、僕の部屋のどこかに例えば、机の上とか、つい置いてしまいそうな場所に
ないか確認してもらおうとしました。

しかし、ないとのこと。まさか〜??(苦笑)

そうそう、ドナちゃんは探すのがとてもヘタだった。よく、ないない!って言って探し物をしてて
僕が「これ?」といって見つけることが1度や2度ではない。まぁ、5回のうち4回は僕が見つけてる。
まぁ、それくらいの確率だが、ちょっと心配になり、まだ、昼休み中ということもあり、
急いで自宅へ向かった。

まさか!無くすことはないでしょう??(^^;;;)
サイフだよ、あの何もかも、、、財産全てが入っているっていってもいいサイフですよ。
キャッシュカード、クレジットカードは勿論のこと、免許証も健康保険証も入っているんだよ。
そんな大事なモン、普通、失くさないでしょ!??

ていうか、本来僕は失くしん坊なんです。
自分でも自覚している。

だから!
大事なサイフは、必ず確認している。
失くしん坊だし、忘れん坊だから、常にメモをして常に注意をして日常を過ごしている。
それでもよく探し物をしてる。でも大抵、しまい込み過ぎて見つからないことが多いです。
まぁ、結局のところ整理整頓が出来てないのひと言で終わるのだが。。。(^^;)
自分の中で失くしてはいけないもののベスト3にサイフは入っている。
それ以上に失くしていけないモノって一体何があるんだろう?

確実なのは、命。
今回、まぁ、命が取られたワケじゃないし、良しとしようか、と何度も思った。
まぁ、大地震とかで家がなくなるっていうのもかなり重要度では高いとも思うけど。。

ちなみにそれらと較べると「職」っていうのは、重要度はかなり低いですね。
僕はわりと失くす方だけど、結構、すぐ見つかる(笑)
タフと言おうか、逆境に強いと言おうか、あんまりというか全然、その辺で不安はない。
だって、ドナちゃんと結婚が決まったときは、会社が倒産してどうなんだろうっていう状況だし、
子供が出来たときも「これは、潮時だね」と思って、その頃勤めていた会社、辞めているからね。
だから、職なんて全然、重要と思えないです。時々あるでしょ、会社をリストラされて自殺!っていう事件。
僕にはよく、わからないですよ、会社がそれほどのモン?
たかが会社でしょ!・自分の命と引き換えにするほどの価値なんてコレっぽちもないですよ。

まぁ、そんな事を言ってるから俺はいつまでも根無し草なのかなぁと思いますけどね。

Like A Roolling Stone ですよ。

話がそれました。
そんな風に人生を省みるくらいサイフが無くなるってことは大きかったです。
てかマジ、やばい!!!

取るものも取り合えず、カード会社、銀行に電話して、まず止めました。
あと、一番最後にお金を使ったとこと思われる定食屋に電話しました。
そしたら、「いつも閉店後に掃除するんですが、サイフはありません。あったら、保管しておきます。
昨日はありませんでした。」

だよなぁ。。。
記憶を思い起こしてみても、あの店で忘れていないものなぁ。
じゃ、どこだろう??

サイフが無くなることなんて微塵も想定しなかった。
正直、何が入っているかよく覚えていない。
カードとか銀行は止めたけど、これで全てOKなのか??
20代の頃はたまに失くしていたけど、
ここ10年、15年はそんなことはなかった。というよりなくさないように精一杯の努力をしていた。
社長にその話をしたら、開口一番「スズキも歳なんじゃないのか(^^;)

確かに。。。そういうことなのかもしれない。
今まで起きなかったことが、起きるってことは、何か原因があるはずだ。

一夜明けて、お金の方は取り合えず、大丈夫だが、今度は僕自身の問題だ。
免許証も保険証がないので、身分を保証するものがひとつもない。
当然、クルマに乗れないから、ろくすっぽ仕事にならない。

とにかく早急に再交付のために区役所、運転免許試験場に行かなければ、、、。
でないと、もし、殺された場合、国籍不明の無縁菩薩になってしまう。。。。。

そして、取り合えず、ダメモトで、、、こういうときこの言葉って使うんだなぁ。
電話ではなく、もう一度、事故現場というか、最後にサイフを出したと思われる定食屋へ行った。

「スミマセン昨日、お電話したものですが、やっぱりサイフの落し物なんかは出てないですよね???」

1回、確認してるんだし、向こうにとっちゃ、迷惑な話だ。
かなり恐縮して聞いてみた。

「あ〜!!(昨日の方ですね)お名前をもう一度、いってもらえますか!?
こちらですか?」

エーーーーー!☆★


思いもせぬ展開!!!



なんでも僕が座った席の下に落ちていたらしい。
状況を考えると多分、入れたはずのカバンからこぼれ落ちたのだろう。

とにかく見つかってよかった〜!

そして、今回のことは、このカバンはちょっとした不注意でこぼれ落ちてしまうこともある、という啓示かもしれない。
次はないゼ!というメッセージも含めて。

わかった!これを契機にカバンを買い替え、サイフの中身も整理しよう!

取り合えず、自分に降りかかった災いは糧にしないとね。

でもホント!良かった。

なんか今夜は新たな日の始まりって感じなんですよ。
なぜかっていうと今、夜中の2時半なのですが、ガンガン、ROCKが聞きたい気分なんですよ。
だからこれを書いてる間、ずっとブルーススプリングスティーンのアルバムを聞いてるんですよ。
面白いですよね、普段、夜中は静かな曲を聴きたいんで、スプリングスティーンなんてめった聞くことがなかったのに。。

新たな始まり、やっぱりROCKでいきます。
 








8月23日(土)
「5年ぶりの再会」

今週の月曜日、久々に飲み会がありました。仕事関係の飲み会は別に珍しくないんですが、この日は
プライベートな飲み会でした。僕が平日、飲み会に出掛けるのってすごく珍しいです。
ひょっとして結婚してから初めてかもしれない!?
逆に言うとそれだけ大切な人達との飲み会とも言えるのです。

この日は関西に住んでるS夫婦が東京に出てくるんで、久々に会おうかとなったのです。

S夫婦。
僕の人生の中で忘れられない存在になったふたりでした。
13年前、僕は小劇団の制作進行というヤクザな(笑)仕事から足を洗い、カタギの仕事に就こうとしていました。
そして見つけた仕事が神楽坂にある小さな印刷代理店。そこで僕は、印刷・広告の仕事を覚えました。
Sさんとはそこで知り合った上司で僕より8歳も下でした。一緒に仕事をしてるときは、いつも僕と意見が合わなくて、
僕がAと言うと必ずBの答えが返ってきた。ただ、デザイン・企画ものになると、僕のことは認めているようでした。
その人はもともと営業で、例えば、得意先に出向き、パンフレットとかの仕事を取ってくるとします。
人当たりのいい人なんで、そういうのは得意でした。そして、実際の制作になると僕にバトンタッチとなりました。

僕がお客さんと打合せそれをもとにラフデザインを書きます。キャッチコピーなども。
それを今度はデザイナーに渡し、デザイン案を創ってもらいます。
僕が勤めていた印刷代理店は最初、デザイナーがいなかったので、まず、僕はデザイナー探しから始めました。
そして、会社の近くの出力センターにとてもセンスのいいデザイナーがいました。
それがのちのちSさんの妻となるTさんでした。
Tさんは、ホントにセンスが良くて、僕がぐちゃぐちゃの手書きのラフ案を見事に素晴らしいパンフレットに仕上げてくれました。
一緒に仕事をしてて、すごくいいものが出来上がってくるんで、ある意味広告の仕事の面白さを
この人から教わった感があります。
だからTさんが会社をやめてまだ、この先、どうするか決めていないときでも半ば強引にデザインの仕事をしてもらいました。
もし、このとき僕が強引に仕事を振っていなかったら、多分Tさんは別の人生を歩んでいたんだと思います。
ていうのは、あんまり僕がデザインの仕事を振るもんだから、会社的にも毎月20万以上外注費を払っていました。
そしたら、その社長が「だったら、Tさんを社員として迎えたらどうか」という話になったのです。勿論、Tさんの人あたり良さとかデザイナーとしての力量を買った上での話なんですけどね。

で、Tさんは、同じ会社になった僕の上司のSさんと出会い、紆余曲折あって結婚に至っている。
僕もTさんのひょんな出来事にこころ動かされることとなるのです。

Tさんが、、、その当時は別な方と結婚してたんですが、実に気軽に一戸建てを買うっていう話をしてました。
その当時の僕としては、結婚も家を買うのも遠い未来の話というか、訪れることもない未来の話かもと思ってたくらいですからね。で、自分はどうなんだろうと省みました。ふっと思ったんですね、なぜか。

「家(購入)は無理だとしても軽自動車くらいなら買えるかも」

このとき、僕がこう思うってことが実は僕の人生にはすごく大きいことで、ここでこう思わなかったら、
僕は一生クルマを買わなかったかもしれないんです。

それが僕の人生にどんな影響を及ぼすか???

僕はドナちゃんと出会わなかったかもしれないです。
いや、多分絶対です。

っていうのは、クルマを買って、そのとき真っ先にやったのは、クルマの馴らし運転を含めての週末のラーメン店巡りです。
週末になると、評判の店を「今週は環七沿い、来週は中野方面」とクルマで出掛けていた。
その辺の話をインターネット上の佐野元春のファンサイトに書き込んでいました。
それをドナちゃんが読んでいて「このひとは食べることが好きなんだ」ということでドナちゃんの中でインプットしたようです。
その後、縁あってドナちゃんと付き合うようになってからもドナちゃんは千葉県の勝浦に住んでいたので、
クルマがあると、気軽に行くことが出来ました。
もし、クルマがなかったら、、、東京と勝浦じゃ遠すぎるんで、付き合う対象にはならなかったかもしれません。
だからあのタイミングでクルマを買おうと思ったことっていうのは僕の人生において実に大きいことなんです。

話を戻します。
Tさんも入り、仕事もパンフやカタログの制作から企業のプロモーションビデオの製作や展示会ブースの施工など、広告代理店のようになっていきましたが、2000年、資金繰りのミスから倒産してしまいます。

これには参った。

当時の社長は夜逃げしてしまうし。その結果、当時取締役だったSさんに責任の全てが覆いかぶさってきた。。
債務責任ってやつですね。結局Sさんは追われるようにして地方に身を隠した。Tさんと一緒に。
僕にも色々かぶさってきたんで、正直、あまり思い出したくない。


その最後を見送ったメンバーとの再会でした。
前に会ったのが、ちょうど5年前なんですよ。
5年も経ったのかっていうのが正直な印象ですが、そうはいってもこの5年間で、僕も会社が2つ変わってますしね。(^^;)
ただ、会った面子っていうのは、仕事をしてたときのままの気持ちで会える。
そして、あの修羅場を共に過ごしたという妙な連帯感ってあるんですよ。
あれは、味わったものにしか分かち合えないかなりギリギリの状態でしたから。
Sさんも相変わらず、僕がAというとBという答えが返ってきた。ただ、よく考えてみると、あることに関して僕が言うと、
必ずSはそれをかばう発言をしてる。別に僕はそれやその人を批判してるワケでもないのにね。
そういえば、Sさんの口から誰かの悪口は一言も聞いたことがない。
この人は常に弱者の味方というか、そういうスタンスだった気がします。
僕は僕で常に思ったことをズバズバ、正論を言ってたかもしれない。
Sさんは、それはそうだけど、そう出来ない大人の事情があるんじゃないか、っていうスタンスだった気がします。
正しい間違ってるとは違った視点の、つねに弱者の立場に立つというスタンス。
それは、僕にはできない「優しさ」のカタチだと思いました。

この日はいつも幹事となってみんなとの連絡を取ってくれる田中さんや一番年下のミッチー(それでも30歳!早いね時間が経つのは))もいたので、再会を祝ってのワイワイ騒いだ飲み会となりましたが、いつかじっくりS夫婦と語り合いたいなぁ。
Tさんは時々、このHPを見てるとのこと。
いつか、三人でゆっくり語り合いましょうね。








7月13日(日)
「5年目のキュービック」

以前、ここで書いたことがあるかもしれないが、僕の乗っているキューブキュービックがやたらと調子が悪いです。。
乗り出して3年目くらいから高速道路で100km以上のスピードで走ると車内にエンジン音が響きだしていました。
4年目を過ぎる頃はそれが80kmくらいからうるさくなり、車内で会話が出来ないくらいになっていました。
実は日産の個人リースを組んでいて、リース契約が終了します。
今年の11月にクルマを返却するか、そのまま乗り続けるために買い取るかという選択に迫られます。
乗って3年くらいでガタがきて、まだ20000kmも走ってないのに
こんな状態のクルマを買い取ってそのあとも乗りたいのか???
答えはNO!
それから、僕のクルマ探しの旅は始まりました。自動車のカタログを読み漁り、
気になる車が見つかると近くのディーラーに行き、試乗しました。デザインや色が気に入って、
いざ試乗してみると、キュービックとあまり変わらないくらいエンジン音が車内に響いたり、
車内空間がいまひとつだったり。その中で一番良かったのは、ホンダのFITでした。
カタログレベルだとリッター24kmというコンパクトカーとしては驚くべき数字でした。
乗ってみてもすごく静かで、とても同じクラスのクルマに乗っているとは思えませんでした。

これには伏線があって、会社の」クルマでほとんど僕専用で乗ってるクルマが同じホンダのモビリオスパイク
というキュービックと競合するクルマがあるんですが、こちらが実に静かで、週末、自分の車に乗ると
情けない気分になってました。それでは、僕はモビリオを選ぶかというとそれはまた、別な問題で、
デザインも色もキュービックの方が好きです。それと同じことがFITにも言えて、
僕とドナちゃんが気に入る色がありませんでした。

それじゃ!ていって僕は、今度はカー雑誌を読み漁り、まずは、今年の秋までに発売されるクルマはどんなものがあるか、1年後、2年後はどうか?と探しまくっていました。
6月に短期間に2回、高速道路で千葉方面に行くときがありました。
一般道から京葉道路へ加速し、60km、70km、80km…。
加速しててふと気付くことがあった。
それは、高速道路の路面の状態によって車内に伝わる音が違うということ。
工事で掘り返し、新しい道路はさほど、音は響かないが古くからある路面を走ると、
車内で会話が出来ないほどうるさくなっているということ。

道路の状態によって、つまりその部分に直接、触れるタイヤの影響を受けるということ。
それで、ピン!ときた。
うるさく感じ始めたのは、3年目のときだ。つまり1回目の車検があり、そのとき、タイヤ交換をしている。
交換したタイヤは東洋タイヤだ。もし、新車当時からのタイヤが東洋タイヤなら、僕の仮説は成り立たないが、
もし、別のタイヤメーカーのタイヤだったら、車内騒音の原因はクルマではなく、タイヤにあるということだ。僕はすぐディーラーに連絡を取った。すると、同じクルマでも出荷する時期、それも週単位でつけているタイヤがちがうとのこと。
当然、新車当時はどこのメーカーのタイヤをつけていたかという資料もないので、
これは、一か八かの賭けに出た。

その前にタイヤに関する知識は皆無だったので、オートバックスに行き、店員に質問したり、
価格ドットコムのコメントを読んだり、、、

そしてブリジストンの「レグノGR−9000」というタイヤがいいのではないかという結論にたどり着きました。
先ほどの話に出てきたディーラーの方も最近、クルマのタイヤを替えたらしく、感想を聞いてみると「あまりかわらない」だった。なるほどね、タイヤはタイヤ。クルマの造りを替えるワケではないからね。そんな耳を疑うような大きな変化は期待できないだろうなぁ。

それでも一か八か、大きな賭けに出た。

先週末、タイヤを全て替え、今日、家族と千葉へお墓参りに出掛けました。

いつも慣れ親しんだ京葉道路。いつものように加速する。
アレ!
いつものように加速のときに響くエンジン音が聞こえない。
それと加速がスムーズ。
以前ならゴンゴン!音を立て加速していたのが、実にスムーズになめらかに加速している。
造作なく80km、90kmに加速している。
それと走っていて感じたのだが、タイヤが吸盤のようにピタリと地面に張り付いている。そこから加速すると静かにスピードメーターが上がっていく。つまり安定しているのだ。
100kmくらいまでスムーズに加速するし、車内も静かなので、以前のような恐怖心がない。
そう、以前は加速するとビリビリとドアに振動が伝わってきたし、車体も揺れる感じがしたので、
ドナちゃんから「100km以上出さないで、コワいから」と言われていた。

正直、驚いた!
タイヤだけでこれだけ変わるとは。

恐るべしブリジストン。

別にエンジンを交換したワケではない。

車体を強化加工したワケでもない。

でもそれ位の感覚。

ということは、どういうこと?
日産の造りが悪いというわけではなくなる。

そして、恐るべしブリジストン。


しかし、スゴイなぁ。
たったタイヤ4本でクルマが蘇えるなんて!
まだ、20000kっも走ってないし、これならあと2〜3年は乗り続けれます。
他は特に問題ないし、最近、ガソリンが高いので燃費を計算したら、リッター15kmだった!
この前、千葉の勝浦に行ったとき、計ったのだが、これは東京から千葉の勝浦まで2往復できたのです。

でもこの結論に達するまで1年半くらい掛かってるんだなぁ。永かったよ。。。(笑)





7月7日(月)「逃げちゃ、ダメだよ」

今日、仕事で都内のとある街へクルマで出掛けました。午後の早い時間に伺う約束で、すこし早めに着きました。
すると、いつもクルマを停めている駐車場は一杯で、客先から少し離れた場所にある路上コインパーキングに
停めようとクルマを近くまで動かしました。
その通りには、道の左右に20個くらいのパーキングがあるのですが、客先の近くは、一杯だったかな。さて、どうしよう?
まだ、時間はあるし、取りあえずハザードを点けて、駐停車。
すると!
モノの10秒くらいだろうか!?
後ろから通り過ぎようとするクルマが、、、
「ガシャガシャン!!!」
右後のバンパーにぶつかって行った。
やられたよ〜!
しかし、減速することもなく、そのままバックレ!
「やってくれんジャン!」
よくみるとタクシー。
タクシーなのに当て逃げ!?
いい度胸してんジャン!
俺をナメるなよ!」
すかさず、クルマのナンバーを覚える。
取りあえず、手帳に書きとめ、当て逃げされたクルマのキズを確認。
走るのに支障はなさそうだ。道路には、相手のクルマのモノと思われるライトの破片がちりばっていた。

幸い僕も大丈夫なようだし。(多分)
会社に電話し、指示を仰ぎ、警察に電話をする。
警察にはクルマのナンバーと特徴を伝え、取りあえず、事故処理は終わった。
取りあえず、仕事は終わらせ、会社に戻る。

途中、色々考えたのだが、普通、タクシーの運転手が当て逃げするか??
タクシーの運転手というのは、人を運ぶ、言わば運転のプロだと思う。
人の命を預かる職業だと思う。
それを人のクルマ引っ掛けといて、バックレるっていうのは、どういう魂胆!?

そんなことを考えながら走っていたら、携帯に着信。どうやら、当て逃げした犯人らしき人物が見つかったらしい。
引き返し警察へ。
最初、犯人は「あんまりよく覚えてないんですけど、、、」なんて言っている。
冗談じゃないよ!そんなのぶつかったところを見れば、一目瞭然!!

「え!!!壊れてない!?
なんで、まだ2時間くらいしかたってないのに!!!」

自分が勤めるタクシー会社にはウソの報告をしていつも使ってる修理工場で直したらしい。
しかし、素早い!!
コレ、2〜3日経ってたら、ホントにわからないだろうなぁ。
それに引き換え、俺のクルマは痛々しい傷のまま。
事故現場もコイツが逃亡したままなので、実はタクシーのライトの破片が飛び散ったまま、つまり散乱したままなんです。
てめえが起こした事故なんだから、てめえで片付けろっていうんだよ。

逃げちゃ、だめだよ。

そして全ての責任から逃げ、自分だけ助かろうなんて。
俺のクルマの修理代は誰が出すんだよ!?
会社に帰ったあと少し、肩のあたりが重いので、不安になって、病院に行ったら、
頚椎捻挫って診断された。
俺はむち打ち症の人がやるようなコルセットを着けろって言われてるんだゾ!
アンタ、全部、俺に押し付けて逃げようってのか!?
そんなの許せないでしょ!?
俺も警察もそんなに甘くないでしょ!?


まぁ、これに懲りて、二度とこんなことはしないでほしいね。

でも、今回、充分考えさせらました。
クルマを使って仕事をしている以上、多かれ少なかれ起きてしまうものだ。
3年くらい前、逆に僕が加害者だった。
先方は、やはりむち打ち症のようになったようだ。僕も誠心誠意付くし、その気持ちは伝わったようだった。
そのときの僕の教訓としては、原因はクルマの一時停止が甘かったことだ。
路地から出る見通しの悪い交差点だったので、停止線で止まると見づらい場所でした。
止まっても、すぐ前に出てゆっくり動きながら確認してた。
そのタイミングがちょっと早かったのか、事故を起こしてしまった。
それから、僕は、どんな場所でも必ず、停止線では、止まるようになった。あのときの事故を忘れてはいけない。
やっぱり、自分の不注意で人を傷付けたワケだから。

この彼にも今日のことは教訓にしてほしいね。


P.S.
今日、7月12日。
頚椎捻挫も病院の先生のいう通り事故後3日を境に痛みもひいていき、今ではほとんど感じないです。
今週はこの件を皮切りに色々なことがありました。なんか、悪い波が僕のところに来ている。。。
こんなときは、週末に1回リフレッシュして新たな気持ちで新しい週を始めないとやばいしね。





6月3日(火)